一緒にいるのが楽しいだとか
傍にいるのが嬉しいだとか
そんな感情をもう飛び越えてしまっている。
「悪運が強いねぇ」
「はは……」
腕に新しい絆創膏を張りながらそう口にすると、良太郎は視線を彷徨わせて苦笑いをした。
この子はこれくらいのケガなら日常茶飯事だ。
今日のミルクディッパーはとても静か。
いつも愛理目当てにたむろしている男性客がいないせいだ。
愛理は良太郎と入れ違いに、切らしてしまったという卵を買いに店を私に任せて出て行った。
この時間帯はお客さんが少ないからといって
店員でもない私に店を任せる辺りは、さすが愛理といったところ。
この兄弟はそろってどこかふんわりしている。
「さん、今日お仕事は?」
「あぁ、この前の休日出勤の代休なの」
広げていた救急箱を片付けながら答えると、横から手が伸びてきて片づけを手伝い始めた。
「そっか、でも平日じゃみんな仕事だよね」
「そうそう、だから結局ここに来ちゃって」
全て仕舞い終えた救急箱を持って、良太郎は席を立つ。
奥の戸棚へとそれを入れると、こちらを振り返って「何か飲む?」と聞いてくる。
「じゃあ、カプチーノ」と答えると、良太郎はにっこり笑ってカプチーノのカップを取り出す。
愛理のコーヒーが美味しいのは当然だけど、意外と良太郎のコーヒーも美味しい。
ふわりと、いい匂いが漂ってきて目の前にカプチーノが置かれる。
私のお気に入りのカップをちゃんと選んでくれてる辺り、とても良太郎らしい。
いただきます、とつぶやいてカップを手に取る。
「最近、なんだか忙しそうだねぇ」
「あー、ちょっと色々あって」
いつからだろう、良太郎がそんな風に私を少し遠ざけるようになったのは。
大学時代の友達である愛理の弟。
年頃の男の子にしては珍しく、姉の存在を嫌がりもせずよく懐いていた。
そんな二人だから、愛理と一緒にいると自然と良太郎とも顔を合わせる機会が増えていった。
きっと彼からしたら、姉がもう一人増えたくらいに感じていたんだろう。
愛理に話すように、良太郎は殆どのことを包み隠さず私に話してくれていた。
それが、最近は言葉を選んで話すようになった。
ただ隠し事をするというよりは
余計なことを言ってあたしに感づかれまいとしているみたいな。
一生懸命、何かから遠ざけようとしてるような。
そんな感じに思えた。
だから、良太郎がすんなり答えないならそれ以上は聞かない。
きっとそれは、悪いことじゃない。
「ふぅん、まぁ色々あるわよね、お互いに」
「さんも何か忙しいの?」
「そりゃ、もう。報われないここの常連客を慰めたりとかね」
ふざけてそういうと、良太郎は声を上げて笑った。
私は伊達に良太郎より長くは生きてないし
愛理のようにふんわりふんわりしていない。
自分に向けられる好意には人並みに敏感だ。
良太郎が私のことを少なからず、好意を持って見ていることくらいは分かる。
だから、私に話さないのはきっと
巻き込みたくない、とか
ムダに心配掛けたくない、とか
そんな気遣いなんだと思う。
「三浦さんとか結構絡むとしつこいんだから」
「勢い余って泣いたりしちゃいそうだよね」
「そうそう、尾崎さんがまたそれ茶化すし」
今はまだ、この微妙な居心地のいい関係に甘えさせて欲しい。
だって、君は愛理の弟で、今まで私の周りにいたタイプじゃなくて。
もう少し、ちゃんと決心がついたら言葉に思いを乗せるから。
今はまだこの両手に収まるちっぽけなちっぽけな愛を大事にさせて。